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2011/07/22 (Fri)  山木秀夫さん

というドラマーの名前をオイラが知ったのは、中学生位だったかな?
ご存知、泣く子も踊るスーパードラマーである。
福山雅治さんや、井上陽水さんなど数々の有名ミュージシャンを
その強力なグルーヴで支えるている、まさに日本のファーストコールドラマーである。

当時は確か近藤等則さんのIMAというバンドでプレイしていたと思う。
ガキんちょだったオイラはとにかく色々な情報に飢えていた。
なんせ田舎は全くと言っていいほど情報がない。
冗談か!と思うくらいにない。本当にない。
今は「ネット」だの、「ゆーちゅーぶ」だのがあって情報が散乱し蔓延しているが、
んなもん当時は一切なかった。
情報が欲しけりゃ自分の足をつかって探しに行ったもんだ。
なに?昔話しを始めるとオッサンみたい?だってオッサンなんだから仕方ないさw《※下部参照》

そんななか近所の本屋に行った時に「ドラムマガジン」なる本が目についた。
これは買うしかないでしょ!今この本には参考音源としてCDがついているが、昔はソノシートだった。
この本は色々なドラマーのインタビューの記事や、有名なフレーズ集、
ドラムのトレーニング方法、当時なかなか手に入りにくかった洋書の教則本や、
教則ビデオの紹介等、興味深い内容で中毒性がある。
嬉しいのは、その時々の旬のドラマーが特集され、
インタビューや本人解説のリズムパターンとか、なぜこの時にこのようなプレイをしたのか?
楽器は何を使ってどうセッティングしているのか?など、
最新のドラミングを研究するのに必要な内容が詳細に書かれているところだ。
田舎に住んでいるガキんちょのオイラには何よりの情報源になったし、
もの凄い刺激を受けたのは言うまでもない。

そうこうしている時に「山木秀夫」特集号に出会った。
初のソロアルバムを発表した直後のそのインタビューは、
音楽家として/ドラマーとして、穏やかだがアツいトークが繰り広げられていたと思う。
その意識の高さに触発されて何度も読み返した記憶がある。

今まで全く面識はなく、ライブなどでお見かけするも緊張してしまい、
なかなか話すチャンスが無かったのだが
(オイラ、こんな開けっぴろげ風な出で立ちにも関わらず、
自分以外のドラマーと話をするとつい緊張してしまう可愛い面も持ち合わせているのである。)
今回その憧れのドラマーである氏から、重大任務を仰せつかった。

それは、氏の所有するバラフォンを元通りに復元することだ!
一体どこからオイラの情報をチェックしてくださったのかと言うと、
どうもこのブログを氏のアシスタントさんがみて下さってたようで、
オイラのバラフォンに対するアツい思いをキャッチしてくれたとのこと。
この情報社会がなければこの出会いも無かったと思うと、
「やっててよかったヤオブログ」と、どっかの塾の宣伝文句のような思いが生まれてくる。

聞く所によると氏は、約25年程前にこの楽器を購入。
叩き続けていたが、色々な所が緩んできたり劣化したりしているために補修して欲しいとの依頼である。
「バラフォン界のブラック・ジャック」との異名をとるオイラに治せないバラフォンは無いとは思うが、
実際見て傷口の深さを確かめないと分からないので
出張診察をしに、氏のお宅へ足を運ばせていただきました。
素晴らしいお宅で景色も最高!
スーパードラマーのお宅にお邪魔出来る幸福感を抑えながら、
ふと目窓際に目をやるとそこに立てかけられていたバラフォンが。

キタ~~っ!これはかなり古そうだなぁ。

鍵盤数が18本ありペンタトニックでこの形状。
オイラの見立てに間違いなければ、
このバラフォンはコートジボワールから日本に輸入されてきたものにほぼ間違いない。
25年前に購入とのこと、、、、 その時オイラはニキビ面の16歳かぁ、、、
和太鼓を叩きドラムを叩いていたが、このアフリカの楽器の知識は全く持ち合わせていなかったな。
それを考えると、その頃から氏はバラフォンと出会っていたんだなぁ、、、と改めて感動する。
素晴らしい大先輩です!
少なく見積もっても半世紀は経つであろうこのバラフォンの歴史と、
何より氏の思い出が沢山詰まっているこの楽器をオイラの手で復元できる。
こりゃ職人冥利に尽きるっちゅ~もんです。
完成までの道のりもこのブログにUPしていこうと思っていますが、、、
没頭しちゃうとPC関係がおろそかになっていく傾向があるので、ご容赦ください。

110721_102527.jpg
山木さんのご自宅にて。

山木秀夫さん公式HP
http://www.players.ne.jp/~yamaki/contents/flameset_new.htm

 ◆◇◆◇◆

※せっかくガキんちょの頃のことを書いたので、オッサンの昔話に付き合ってもらおう。
興味なければ飛ばしてくれ。


当時のオイラの一番の情報源はラジオだった。
日曜日の午後5時から1時間のJAZZの解説付きのこの番組をテープに録音して、
次週までにその放送で聴いた音楽をコピーしたり、
気に入ったミュージシャンのアルバムを近所のJAZZ喫茶に行って聞かせてもらったり、
テープを大音量でかけながらドラムの練習をしたりした。
次の放送まで一週間も時間があるし、何より余裕をもって勉強する事が出来た時代だ。
丁寧に音を一つ一つコピーする。
楽譜の書き方を覚えたかったから、採譜して音楽の先生に採点方式で教えてもらったりと、
ことドラム、音楽に関してはまじめに取り組んだ。
ラジオで「JAZZドラマー特集」なんか放送されると嬉しくてとにかく勉強に励んだ。
ベーシストのジャコ・パストリアスが亡くなったのもこの番組で知ったし、とにかく情報に飢えていた。
そしてドラムの何かしらが分かってくると、
それだけに満足するはずもなく、色々な音楽の仕組みも知りたくなってきた。

とくに気になったのがアフロキューバン。
アート・ブレイキー、エルビン・ジョーンズがやってるアレである。
とにかく血が騒いで仕方ない。研究したよ、フレーズもそのグルーヴの持って行き方も。
アフリカやブラジル音楽にも自然に耳が行く。
毎朝重いウォークマンを腰につけてそれらの音楽を聞きながらランニングするとどこまでも走れてしまう。
身体を鍛えて精神力を向上させようとしてたなんて、今のオイラを見てたら考えられないでしょ?
でも、真剣にそれをやってたんだよ。今でも身体が柔らかいのはその時やっていた事の証だな。
今の人たちから見ると、えらく無駄な動きが多いと思うかも知れないけど、
情報が少ない分自分の好きな音楽だけに没頭できた時代でしたよ。

例えばレコードが欲しい場合は、
自分に合ったレコードが置いてある店を電話帳で調べて電車に乗って買いに行ったり、
JAZZ喫茶のマスターと仲良くなって、
お勧めのレコードを聴かせてもらいながらコーヒー一杯でずっと居させてもらったり、
年上のミュージシャンとお付き合いさせていただいて本なんかを貸してもらって読みあさってみたり、
そこで得た情報をもとに喫茶店でリクエストしたり、
また同年代のミュージシャンを目指している奴らとつるむ、
学校の音楽の先生と話し込む、通信販売でベータの教則ビデオを買う、
修学旅行なんかに行った日にゃぁ、ここぞとばかり資料集めに奔走する。
私服に着替え、学ランをコインロッカーに預けて、タバコも吸うW
学校の先生もオイラが情報を渇望しているのを知っていたから、
修学旅行中「大都会東京」でJAZZのライブを聴きに行って(本来ダメなことだけどな)、
ホテルの門限を少しオーバーしても怒らなかった。
そんな単独行動ばかりしていたので、友達と買い物したりした思い出はほとんどなく、
消灯後宿でタバコを吸ったり、酒を飲んだりしたのが記憶に残ってるくらいだなw。
同世代の仲間はみんな原宿に行って洋服買ったりしてたけど、
そんな時オイラはチック・コリアの新譜を探してディスクユニオンに行ったり、
浅草のドラムシティーに行ったりしてたんだから思い出なんか残っている分けないかw
服は残らないけど、音楽は一生残るしね。

いや、都会っちゅー所は何でも揃っているなぁ。
こりゃ一刻も早く東京に出てこないと!という思いが生まれたのもこのころか?
望んでいた教則本やCD、ビデオをしこたま買い込んだので、
とにかく早く帰ってドラムを練習したくてたまらない。
修学旅行中の自由時間はバチと教則本を片手に公園で練習。とにかく知識を渇望していた。
でも、そうやって集めた知識はいまだに身に付いている。

今はボタン一つで色々な国の演奏方法が一発で検索できる。
足を使って情報収集なんてしないだろう。
しかし残念だけど、それだけでは人間関係も想像力も存在しない。
んなもん育つ訳が無い。いくら技術ばかり向上しても
そこにイマジネーションや暖かみなんて育たないし、皆無だろう。
誰とも触れ合う事無く知識だけを得ても、何だか寂しさだけが残るような気がする。
現にJAZZ喫茶も減っているな。
オイラがお世話になった函館のJAZZ喫茶BOPも何年か前に火事で店自体が無くなってしまったし....
でも、思い出とともに技術は残って行く。
今のオイラがあるのは、その時の全ての出会いの賜物であると信じている。
情報を収集するだけでなく、それをアクションにつなげて 生の温度を体感することが大切だと思っている。そう!ライブにも足を運ぼう!


 ◆◇◆◇◆

っつー訳で明日は渋谷でJAZZっす!

0723.jpeg

2011.07.23(sat)
The Meez Live at Terraplane

■start20:00

■door2000yen

■ブルースバーterraplane(テラプレーン)
東京都渋谷区道玄坂2丁目19-2-B1F
TEL03-5459-4639
http://www.terraplane-blues.com/

スペシャルゲストは、yayuka等で最近仲良しのKAKUEI(from L.E.D、O.A.U)です!

や~まん!!

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プロフィール

YAO

Author:YAO
(photo:KunihikoSasaki)
 
 ◆◇◆◇◆

打楽器奏者
松本“ YAO ”善行

幼少の頃から和太鼓を叩き始める。

1997~1998年には打楽器の宝庫・西アフリカ(セネガル、ガンビア、マリ、ブルキナファソ、ガーナ)へ単独武者修行の旅にでる。5ヶ国をまわるなかでバラフォン、ジャンベ、ゴメ、ペンペンソワ、カリンバ、サバールなどに出会う。それらでのライヴパフォーマンスを認められ、現地では冠婚葬祭の演奏を許されるまでになった。

打楽器奏者としての名“YAO”は、当時セッションを共にした音楽家たちから命名されたものであり、約一年かけたこの旅が、今現在のYAOの屋台骨となっている。

帰国後、様々なバンド活動・スタジオワークを経て、現在は日本が宇宙に誇るサイケデリック・ジャムバンドDachamboでのドラム&パーカッションをはじめ、民族楽器を中心としたトライバルジャムユニットEarth Consciousやその他様々なアーティスト達の活動に参加し、フジロック・サマソニ・ライジングサン、オーストラリアのEXODUS FESTIVAL・Woodford Folk Festivalなど国内外の多様な音楽シーンで活躍。

演奏者としての活動以外にも、楽器そのものの考案・製作・修復などを行う、まさに生粋の打楽器職人である。

2009年よりソロ活動を本格的に再開する。創意工夫を凝らした自作バラフォンや、カリンバとバラフォンからのインスピレーションで誕生した独自の創作楽器「アイロフォン」を用いた演奏は『天国の音』と各方面から賞讃を受けるなど、その万物を豊潤な世界へ導く独創的なLIVEは国宝級と評されている。

2012年には今までの活動に加え、The Crash MustardとThe Coxaの2バンドを新たに結成。音楽のジャンルやバンド形態というカテゴライズを超えたプレイスタイルでGROOVEを常に探求し続ける。

 ◆◇◆◇◆

連絡先はこちら↓
yaobalafon@gmail.com

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