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2010/12/16 (Thu) プロフィール

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■1990年
ヤマハ音楽院専門学校在籍中ケーブルテレビのジングル6曲にドラムで参加。愛知県安城学園に、ドラム、パーカッションの特別講師として招かれる。自らのグループ“GROW”を結成する。

■1994年
前衛ターンテーブル奏者、大友良英のバンド“モスキート・コースト”のオーディションに参加。ベーシスト鈴木隆夫に出会い、GROWのキーボーディスト永田雅代を交え、オルガンJAZZトリオ“Naciten”を結成。数々の実験を繰り返しながら、新宿PitInnに拠点を置き、ライブを重ねる。ギタリストの小沢アキや、上々颱風(シャンシャンタイフーン)の西村直樹と出会い、“小沢アキバンド”に参加。様々な形態の店で演奏する。

■ 1997年
打楽器の宝庫、西アフリカへ単独武者修行の旅へ出る。セネガル、ガンビア、マリ、ブルキナファソ、ガーナ、5ヶ国を約一年かけて旅をする。バラフォン、ジャンベ、ゴメ、ペンペンソワ、カリンバ、サバールなどの楽器たちと出会い、毎日楽器を演奏する日々を過ごし、リズムの根源である、冠婚葬祭での演奏を許されるまでになる。打楽器奏者としての名 “YAO”は、当時セッションを共にした音楽家たちから命名されたものであり、約一年かけたこの旅が、現在のYAOの屋台骨となっている。

■ 1998年
帰国後、ギターリスト小沢アキ率いるバンドに参加。ギター、サックス、トロンボーン、アコーディオン、ツインベース、トリプルパーカッションの編成で、YAOがアフリカから持ち帰ってきた“バイファル(修行僧の意)”をバンド名とし、原宿クロコダイルを拠点に活動する。アフリカで習得した楽器たちを従え、Isao Kumanoが主催する“モザンビーク・レーベル”のレコーディング等に参加。多数のクラブで演奏する。

■2000年
都民芸術フェスティバル、ミュージカル“サーカス物語”で演奏。上々颱風のサポートメンバーとして、ライブに参加。自身のアフリカンバンド“yao’s byfal”を結成。ウーム等でライブ活動をする。独自のバラフォン製作をし始める。DJ ALEXのレコーディングに参加。上々颱風世田谷パブリックシアター2daysに参加。女性ボーカル・SALASAのレコーディングに参加。以前より交流のあった黒人ポエトリーリーディングのマーセラス(グルーヴ・キッチン)との活動が始まる。主に、イエロー、セコバーなどのClubを中心に演奏活動をする。後に、モダン・デイズ・スーセイヤーズ(M・D・S・S)となる。

■2001年
バイファル養護施設で演奏。上々颱風の歌姫、西川さとこ、元ネーネーズの古謝美佐子、沖縄出身の女性ボーカル・RIKKIのサポートドラマーとして、大抜擢され、福岡アジアンフェスティバル2001に出演。2day's 3タイトルにて演奏。出演者全員によるフィナーレの曲も演奏する。SALASAのレコ発ライブに参加する。

■ 2002年
バイファルのレコーディングをする。Dachamboのリハーサルに始めて参加。スタジオジブリ製作の短編アニメ『ギブリーズ episode2』のレコーディングにパーカッショニストとして参加。ポエトリーリーディングのマーセラスと共に、代々木公園で開催されていた春風に参加する。M・D・S・Sで、シンガポールにて、ハイネケン主催のイベントに参加。現在のYAOAOの原型となるセッションを下北沢440で初披露する。ニューヨークのカリスマDJ ロイ・デイビス・ジュニアのサポートメンバーとして、渋谷CECOで演奏。サックス奏者バッキーと出会い、演奏活動を開始する。益子“土空間”で、 SOIL&“PIMP” SESSIONSのベーシスト秋田紀彰らと演奏。女性ボーカルのクイヌパナのレコーディングに参加。

■ 2003年
サックス奏者バッキーとの演奏活動が本格的に始まる。Dachamboの1stアルバムの製作。栃木県大谷資料館、大谷'03美術展、まほろば 山村俊雄個展にて、舞踏家石川正虎、安田理英、鈴木ユキホ、石井満隆、渋さ知らずオーケストラの歌姫、宝館彩らと全4公演、演奏する。並行して、益子にてバラフォンを本格的に製作開始する。渋さ知らずオーケストラの泉邦宏率いるI・M・Oのレコ発ライブを江古田バディにて行う。

■ 2004年 NTT DoCoMoラジオCM“気持ちを伝える楽器~少女の涙篇120秒~”のレコーディングでカリンバを演奏する。

■2005年
Earth Conscious ジャムセッションに参加。主要メンバーとなる。フジロックフェスティバルにて、Dachamboとサヨコオトナラで2ステージ演奏する。

■ 2006年
オーストラリアのエクソダスFESにDachambo出演。ネパール出身のシンガーソングライター・Bobinのアルバム“Rainbow Vibration” レコーディングに参加。


現在はサイケデリック・ジャムバンドDachamboでのドラム&パーカッションをはじめ、民族楽器を中心としたトライバルジャムユニット Earth Consciousやその他様々なアーティスト達の活動に参加。演奏者としての活動以外にも楽器そのものの考案・製作・修復などを行う。2009年よりソロ活動を本格的に再開。

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プロフィール

YAO

Author:YAO
(photo:KunihikoSasaki)
 
 ◆◇◆◇◆

打楽器奏者
松本“ YAO ”善行

幼少の頃から和太鼓を叩き始める。

1997~1998年には打楽器の宝庫・西アフリカ(セネガル、ガンビア、マリ、ブルキナファソ、ガーナ)へ単独武者修行の旅にでる。5ヶ国をまわるなかでバラフォン、ジャンベ、ゴメ、ペンペンソワ、カリンバ、サバールなどに出会う。それらでのライヴパフォーマンスを認められ、現地では冠婚葬祭の演奏を許されるまでになった。

打楽器奏者としての名“YAO”は、当時セッションを共にした音楽家たちから命名されたものであり、約一年かけたこの旅が、今現在のYAOの屋台骨となっている。

帰国後、様々なバンド活動・スタジオワークを経て、現在は日本が宇宙に誇るサイケデリック・ジャムバンドDachamboでのドラム&パーカッションをはじめ、民族楽器を中心としたトライバルジャムユニットEarth Consciousやその他様々なアーティスト達の活動に参加し、フジロック・サマソニ・ライジングサン、オーストラリアのEXODUS FESTIVAL・Woodford Folk Festivalなど国内外の多様な音楽シーンで活躍。

演奏者としての活動以外にも、楽器そのものの考案・製作・修復などを行う、まさに生粋の打楽器職人である。

2009年よりソロ活動を本格的に再開する。創意工夫を凝らした自作バラフォンや、カリンバとバラフォンからのインスピレーションで誕生した独自の創作楽器「アイロフォン」を用いた演奏は『天国の音』と各方面から賞讃を受けるなど、その万物を豊潤な世界へ導く独創的なLIVEは国宝級と評されている。

2012年には今までの活動に加え、The Crash MustardとThe Coxaの2バンドを新たに結成。音楽のジャンルやバンド形態というカテゴライズを超えたプレイスタイルでGROOVEを常に探求し続ける。

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連絡先はこちら↓
yaobalafon@gmail.com

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@2008_1107横浜THUMBSUP

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